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2018.11.24 Official Report

【公式】アレクサンダー・コブリン審査委員 インタビュー

「私が求めているのは、自分自身よりも音楽のほうを愛している演奏家です」

 

ー2003年の浜松コンクールで最高位に入賞し、今回審査委員としてお戻りになって、どんな気分ですか?

 嬉しい興奮を感じています。たくさんの思い出があるので、ノスタルジックな気分になりますね。ティーンエイジャーのような気持ちがよみがえります。

 そして、エリソ・ヴィルサラーゼさんやディーナ・ヨッフェさんはじめ、すばらしい審査委員団の一部になることができてとても光栄です。でも自分としては、こちら側ではなく、あちら...コンペティター側にいるような気持ちもあります。コンクールで過ごす時間のストレスを、まだとても鮮明に覚えていますから。だからこそ、演奏を聴いて結果を出すことに責任を感じます。


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ー当時のコンクール中の、一番印象的な思い出は?

 一番印象に残っていることはコンクールと全く関係ない...というかむしろ外でのことなので、残念ながらみなさんとその思い出を分かちあうことはできませんが(笑)。とにかく参加者同士とても仲がよかったので、コンクールという感覚はほとんどなく、競いあいながらもすばらしい時間を過ごしました。今も彼らとは連絡をとっています。

ー審査する立場で参加されて、浜松コンクールの印象はいかがですか?

 食事もおいしいし、人もすばらしいです。私たちは、これまででも最もフレンドリーな審査員団だといわれていると小耳にはさみましたが(笑)、確かに、毎日笑いが絶えません。もちろん審査のことで笑っているわけではありませんよ。

 もしかしたらみんな子供っぽいのかもしれませんね...なかでもとくに私が。この審査委員の中では、実際私は子供のようなものですけれど。

ー一番お若い審査委員ということで、コンペティターの今の状況もよりよく理解されていると思います。彼らには、コンクールの後どのように過ごしてほしいと思いますか?

 結果がどうかで伝えたいことはかわってきますが、優勝者、1次を通過できなかった方、両方に共通して言えることは、「コンクールの結果は、基本的には重要ではない」ということです。ここで出る結果は、審査委員が聴いて感じたことを、平均的にならして決定されたことでしかありません。同じものを聴いても、各人の感想は異なります。結果がよくなければ落ち込むと思いますが、コンクールが人生を変えるものだと思わないほうがいいと思います。

 もうひとつ、コンペティターへのフィードバックのセッションで話していて気がついたのは、彼らは、普段とコンクールとの演奏で、自分を違う形でプレゼンテーションしているようだということです。これは間違いだと思いますね。

 審査委員も聴衆の一部です。そんな私たちに、演奏者に自信と確信があることが伝わってこなくてはいけません。何かをコントロールしていれば、本当に描きたい像をつくることはできません。コンペティターが自分自身であろうとするか、審査のことを心配して気を散らせているかで、結果は変わります。

 当然ストレスはあると思いますが、状況を無視する努力をしなくてはいけません。今回の参加者の中にも、それができていた人、できていない人がいたと思います。

ーコブリンさんは、参加した国際コンクールでは必ずファイナリストになっていますよね。こういう方は少ないでしょう...。若き日にコンクールに挑戦していた頃、気をつけていたことはなんなのでしょう。

 コンクールに参加するとき、人は誰でも優勝したいと思っているはずです。優勝なんてしたいと思っていない、ただ参加しているのだという人がいたら、それは嘘に決まっています(笑)。とはいえ、実際参加したなら、その優勝したいという気持ちはどこかに追いやるべきです。音楽フェスティバルのような考えで臨むしかありません。

 私が心がけていたことは、たくさんのコンクールを受け過ぎないことでした。用意不十分なまま出場したステージは、良くない印象を残します。そして、一度ついた悪い印象を払拭するのは大変なことです。

 コンクールのためにレパートリーを選んで準備したこともありませんでした。もともと自分のレパートリーがあって、それに合うコンクールを選んで受けていったということです。もちろん、委嘱作品は例外です。あ、あとショパンコンクールでも、マズルカを1作品だけ新しく勉強しましたが。

 私たちはいま、何が良くて何が悪いか、趣味がいいということは何か、その感覚が混乱する時代に生きていると思います。この不確実さが、若いピアニストに進むべき方向をわかりにくくさせているのだと思います。結果的に、彼らはひとり浮遊するような形になってしまう。そしてある人は、早く簡単にそこから抜け出す方法をとり、ある人はそのままさまよい、ある人はもがきます。

 私たちの時代は、まだそこまで状況は厳しくありませんでした。もし自分が今の時代にキャリアを築かなくてはならないとしたら...大変だろうと思います。もちろん私たちのころも決して簡単ではありませんでしたが。

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ーさまようことにならないようにする方法は、ないのでしょうか。

 簡単ではないでしょうね。今の時代は、好奇心というとても大切なものが失われつつあるように思いますから。インターネットで調べればなんでも見つけることができるので、発見することの重要性が失われました。探せばなんでも視覚的に確認することができるとなると、イマジネーションは育ちません。情報を得るとき、それはすでに消化されてしまっているような状態です。

 そんな今大切なのは、親や先生が、子供や生徒が旺盛な好奇心や想像力を持つよう、インスパイアすることです。

 ベートーヴェンもラフマニノフも、インターネットを使っていませんでした。私自身、今はインターネットでものを調べてその恩恵を十分受けていますし、スノッブな態度をとろうとしているわけでもないのですが、ぎりぎりそれがない時代に子供時代を過ごした世代なので、あの頃の良さもわかっています。全てはバランスの問題で、何かが何かを淘汰してしまうことはないほうがいいと思うのです。

 ファストフードはおいしいですし、食べるとその時満足しますが、それは長く続かず、すぐにまたお腹がすきます。それこそが今私たちが生きている時代です。何もかもが簡易的で、みんなすぐに満たされようとするけれど、自分が一体何を消費しているのかをちゃんと理解していません。

 先生や親が、本を与え、良い演奏会に連れていき、すばらしい過去の録音を与える。そうすることで、若者のインスピレーションは充当され、精神は正しい道に導かれるのです。そうでなければ、彼らはさまよってしまいます。

ー今回も各ステージ、プログラミングがうまくできていた人、そうでない人がいたのかなと思います。

 今、若い人たちはコンクールのレパートリーを選ぶにあたって怖いもの知らずになったと感じます。コンテンポラリーや20世紀後半の作品もとりいれ、選択の幅が広がっている。しかし実際には、何かが絞り込まれていっているようにも思います。

 例えばベートーヴェンのソナタも、ごく限られた同じ作品ばかり。ショパンのエチュードも、同じ曲ばかり弾いています。それを弾いてはいけないというつもりはありませんが、より幅広いレパートリーから選んでみてもいいのではないでしょうか。愛される作品は、より近づきやすく感じるかもしれませんが、それは単に、すべての音を知っているからかもしれませんよ。

 例えばリストのピアノソナタは、演奏される機会も教えられる機会も多いと思います。だからこそ、聴いているほうもより敏感になります。弾くということに、より責任を持たなくてはならなくなります。個性を見せるだけでは不十分で、スタイル、作曲家、時代について理解していないといけません。

 あとは、ショパンのエチュードばかりだとか、リストばかりというようなプログラミングも、審査委員にとって、その音楽家の知識やテイストを知るための手段がなくなってしまう選択です。バラエティに富んだレパートリーを用意する方がいいと思います。

ーそうして選んだ作品を演奏するにあたって、自分だけの解釈はどう見つけていくのでしょう。

 優れた作品を演奏するにあたって、変わったことをしようとして、結果的にそれが作曲家の意図しないことになってはいけません。私がよく生徒に伝え、また自分でも忘れずにいることは、自分が天才作曲家よりもより創造性があるだなんて思わないほうがいい、ということです。

 「作曲家は天才だが、あなたはそうでない」ということを自覚していれば、自分たちのエゴを作品に込めようという考えは起きないはずです。...もちろん、あなたも天才かもしれないけれど、それは後にわかることです(笑)。

 私たちは、非凡な天才作曲家の世界を発見することにまず尽力すべきです。これは、私自身が毎日やっていることでもあります。それだけで人生の時間は足りないくらいだと思います。

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ー他の人と違うことをしようとする行為って、個性とはなにかということを履き違えていることからくるのかなと思ったりしますが。

 それはそうかもしれません。でも直接的には、ステージの悪い例からくるのではないかなと私は思います。誰かのコンサートを聴いて、あの人がやっていいならどうして自分がやってはいけないの?というような感覚でしょう。あとは、あまりに多くの録音や演奏が存在するので、すべてのことが言い尽くされてしまっているように思うことも原因かもしれません。

 ただ、個性的な解釈というのは、誰かが黒といったものを自分は白だと主張することではありません。個性の違いは、楽譜に忠実に演奏し、同じ言葉、リズムの上で、同じゴールを目指している中、自然とあらわれてくるものです。たとえばギレリスとリヒテルの解釈の違いは、同じゴールに向かい、同じようにスフォルツァンドを弾く中で出てくるものです。

 そしてそのゴールとは、作曲家の世界に深く入り込み、彼らの苦しみを自分のものにすることです。でも、それには彼らが何に苦しんでいたのかを理解しないといけません。作品が書かれた時代、宗教、関連する文学などさまざまなことを知る必要があります。

 

ーコンクールの審査で、次のステージに進んで欲しいと思う、つまりまた聴きたいと思うのは、どのようなピアニストでしょうか?

 私が求めているのは、自分自身よりも音楽のほうを愛している演奏家です。腕を高く振りあげたり、まるでニルヴァーナに入っているような感じで体を動かしたりする演奏家には関心がありません。

 私は音楽で、心に触れられたいし、泣きたいし、笑いたい。作品や作曲家の世界に連れて行かれたいのです。歴史上の偉大な演奏家を聴いていると、誰の演奏かということが表に出てきません。例えばルービンシュタインの演奏を聴いていると、これはルービンシュタインだ!という気持ちは自然となくなり、純粋に音楽にひたって楽しむことになる。それは、彼らが自分たちのエゴをよそに追いやって音楽を奏でているからです。そういう演奏家は、すばらしいですね。


(文・高坂はる香)

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