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【優勝者インタビュー】イリヤ・ラシュコフスキー

2012年11月29日|スタッフレポート

1次からすばらしい演奏を繰り広げ、とくに本選のコンチェルトでは圧倒的な表現力で聴衆を魅了して優勝に輝いたイリヤ・ラシュコフスキーさん。浜松でのガラ・コンサートを終えた直後の彼にお話を伺いました。

─結果発表の直後は「夢の中にいるよう」とおっしゃっていましたが、一夜明けてどんなお気持ちですか?

まだとても興奮しています。

─ガラ・コンサートでは、用意していたのに申請時の手違いで演奏することのできなかった「英雄ポロネーズ」を演奏されましたね(浜コンスピン・オフ「僕が演奏順を変えた理由」を参照)。

はい。みんなに弾いたほうがいいと勧められたので。浜松、東京と同じプログラムを2回演奏できるのは嬉しいです。次はもっと良い演奏をすると思えるのは幸せなことですから。逆に1度きりしか演奏できないと思うことはとてもつらい......。グレン・グールドは、それもあってステージでの演奏活動を辞めたくらいですからね。今回も、明日さらに良い演奏をできるチャンスがあることをとても嬉しく思います。

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─審査結果の発表の瞬間はどんな気持ちでしたか?

発表の瞬間は普通とてもナーバスになるものです。ステージに上がる前に分かっていればいいのに。そんな緊張は欲しくないですよ......ギャンブルのような緊張感なんていりません。

─普段のステージで充分緊張を味わっているのですもんね。そしてこれからは優勝の副賞として世界各地でのコンサートが待っています。

とても大変な1年間が待っているのですが、そのことがすごく嬉しいです。日本で演奏できることはもちろん、親しい友人がたくさんいるニューヨーク、また以前演奏したことのあるポーランドのドゥシニキに行けること、そして今フランスに住んでいるのでラ・ロック・ダンテロンに再び出演できることも嬉しいです。
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─聴衆賞も受賞されましたね!

はい、嬉しかったです。でも、もしかしたら2日目は票が割れて、たまたま僕が選ばれただけかもしれないですよ......。僕は2日目の演奏しか聴いていませんからわかりませんが。

─本選のプロコフィエフの3番はとても楽しませていただきました。一体頭の中に何が入っているのかと思うようなワクワクする演奏でした。

この作品について話をするなら、僕がハノーファーで9年間師事していたウラディーミル・クライネフ教授のことに触れたいと思います。先生は去年他界されました。この作品は僕にとって、先生を象徴するものです。僕はクライネフ先生がこの作品を演奏するのを、録音とコンサートで何度か聴いています。そのときに発せられるエネルギーは信じられないほどに大きなものでした。その記憶が今でも僕にとってのインスピレーションになっています。でも、このコンチェルトを彼のもとで勉強することはありませんでした。その後もどの先生のもとでも勉強していません。そんなわけで、これまでコンサートで演奏する機会もあまりありませんでした。

いつも作品を一人で練習しているときは、あまりにたくさんで説明できないほどに、頭の中に次々と情景や物語、言葉などが浮かびます。それは弾くたびに毎回違います。本番では、その時々で即興的、自然発生的に演奏することもあります。

─そういうところが演奏を常に新鮮にしているのですね。音色も実に多彩でした。

本当のことを言えば、ラフマニノフの2番や3番、チャイコフスキー、ショパンあたりを弾く方が気持ちは楽なのです。プロコフィエフのコンチェルトは、全ての音が驚きに満ちていて次に何がやってくるのかわからない、僕にとってとてもタフな作品です。脳がものすごく働いてしまって、すごく大変。でもみなさんがあの演奏は悪くなかったと言ってくれるので(笑)。そういえば本選の演奏中、激しく鍵盤を叩きすぎてピアノの蓋がバタンと閉まりそうになってヒヤリとしました。あ、上の大屋根のことじゃないですよ。
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─あっちの蓋が閉まったらそれは一大事ですね。ピアノはいかがでしたか?

どのピアノもすばらしかったですが、演奏したヤマハは、とても弾き心地が良かったです。ピアノ、ピアニッシモ、さらにもっとピアノのつく音を演奏するときに、とにかく美しい音が出ます。それとペダルが特徴的でした。ソフトペダルを踏んだ時のスムーズな音の変化、ダンパーペダルもコントロールしやすく、踏むとクリアで絶妙な響きが残りました。オーケストラリハーサルの後に調整をしてもらったことで、本番はとても弾きやすくなっていました。

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─ロシアでピアノ教育を受けたあと、15歳からハノーファー、その後パリで学んで現在もお住まいということですね。

はい、今は特に誰か先生に定期的に見てもらうことはないのですが、今回浜松に発つ数日前に、エコールノルマルで師事していたマルティン・リビツキ先生に1次予選のプログラムを聴いてもらいました。そのときにもらったアドバイスは今思えばとても役に立ちました。先生は、ピアニッシモを楽しみなさい、ピアニッシモのところで山場をつくりなさい、大きなホールだからといって音を大きく鳴らそうとすることは危険だからくれぐれも注意するようにとおっしゃいました。特にシューベルトをもっと親密な空気をもって演奏するようにと言われたことは、大きな助けになりました。

─ちなみにそのときはまだ間違ったポロネーズのほうを弾いていたのですよね?

うん、そうです(笑)。

─ロシアにも多くの良い先生がいる中で、ヨーロッパで勉強されるようになった理由は?

場所が目的ではなく、クライネフ先生のもとで学ぶことが目的でした。13歳のとき、ウクライナで行われた若いピアニスト向けのコンクールで弾いたショパンの協奏曲2番を気に入ってくださり、2年後にハノーファーで勉強しないかと誘ってくださったのです。僕はそれまでロシアのノボシビルクスで女性の先生についていました。彼女もとてもいい先生でしたが、やはりクライネフ先生の最初のレッスンで受けた衝撃は今でも忘れられません。ショパンの「木枯らし」を弾いて見せてくれたのですが、その豊かな音、強い指に圧倒されてしまいました。
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─好きなピアニスト、尊敬するピアニストは?

たくさんいます。もちろんホロヴィッツやラフマニノフなどは好きだけど、わざわざ挙げることもないと思うので......。あとは、アシュケナージ。彼は不完全な演奏はしたくないという完璧主義者です。僕も彼のように、常によく準備のできた状態で演奏できるピアニストでありたい。あと、同世代のピアニストたち、コンサートピアニストとして活躍しているわけではない僕のたくさんの友人にも、好きなピアニストがたくさんいます。彼らからはすごくインスピレーションを受けます。

─ピアノ以外で好きなことは?

人と会うのが好きなので、コンクールの最中も一人で部屋にいるのは嫌で、よく外に出ていました。趣味をひとつ選ぶのは難しいですね。映画もいろいろ観るし、本も読みます。日本の作家も好きで、三島由紀夫、芥川龍之介......これはドイツ語で読みましたが、村上春樹は英語で読みました。安部公房は両親が持っていたロシア語の本を読みました。僕は今の自分の生活のスタイルがとても好きです。
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高坂はる香
 
 
 

 

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