ロマーン・ロパティンスキーさん(第2位)インタビュー

2015.12.28|出場者・審査委員インタビュー

1993年、ウクライナのキエフでピアニストのご両親のもと生まれ、幼少期から音楽に囲まれて育ったロパティンスキーさん。すでに祖国では若手ピアニストとして活躍中。子供のころから演奏前に緊張したことは一度もないそうで、そのステージでの振る舞いは堂々としています。交響曲が大好きで指揮者の道も目指したいという、将来の活躍が期待できる若者です。
英語は苦手......といいながら、音楽について、大きな夢を語ってくださいました。


─第2位おめでとうございます。

ありがとうございます。このようなハイレベルですばらしいコンクールで2位をいただき、とても幸せです。僕の両親、先生たち、そしてウクライナという国にとっても、重要な受賞となったと思います。


─審査員の先生方ともお話しできましたか?

はい、少し話すことができました。このコンクールは、第一級のピアニスト達が審査員にいらしたことで、高いレベルとなったと思います。好意的なコメントをいただくことができて光栄でした。

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─コンクールで日本に滞在した3週間で一番印象に残っていることは?

浜松は大きな街でないにもかかわらず、構造がとてもおもしろく、たくさんの緑や公園があって、空気がきれいだと思いました。海も近くにあってすばらしいです。キエフは工場が多くて空気が汚いですから、僕にとって、浜松で過ごす時間はすばらしいものでした。練習して、休憩して、食事して、散歩もして......すべてが豊かな経験でした。


─ピアノを始めたのは、ピアニストのご両親の影響ですか。

はい。5歳でミコラ・ルイセンコ音楽学校に入り、イリーナ・バイリノワ先生のもとで学び始めました。そのあとキエフ音楽学校でセルゲイ・リャーボフ先生に、また、イモラ音楽院でボリス・ペトルシャンスキー先生に師事しました。今もキエフに住んでいて、ときどきイモラへレッスンを受けに行っています。
両親は僕の音楽教育については、諸々を調整する立場で助けてくれました。彼らは、音楽家に必要な生活のスタイルや、我々が抱えがちな問題を知っていますからね。両親や先生方が僕の音楽に与えた影響は多大です。
周囲の環境のおかげもあってか、子供の頃からステージで緊張したことは一度もありません。小さな頃から短いコンサートをたくさん経験してきたことが、良い練習になったのだと思います。


─ピアノや音楽の他に好きなことはありましたか? 

チェスが好きです。父はチェスがとても強くて、僕にも教えてくれました。
あと、子供の頃の最初の趣味はサッカーでしたね。学生時代はよくプレイしていましたが、今はもっぱら観戦が趣味で、ゲームの分析もしていますよ。好きなクラブチームはディナモ・キエフとアーセナルです! スタジアムにも観に行きます。


─......(サッカー狂だった)ショスタコーヴィチみたいですね。

そうでしょう! ちなみに、彼は大好きな作曲家の一人です。今僕が大好きな3人の作曲家は、ラフマニノフ、ブラームス、ショスタコーヴィチなんです。ショスタコーヴィチの音楽は、簡単ではありません。ちょっと異質なところがあって、演奏するのも聴くのも大変だと思います......特別な聴き方が求められるといいましょうか。彼は2度の戦争も経験し、難しい時代を生きた人です。


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─音楽家にとって大切なことは何だと思いますか?

まず、知性を持っていることだと思います。音楽家としての資質に加えて、絵画や文学など多くのことを知っている必要があります。加えて、練習をたくさんして自分だけの音楽を見つけなくてはいけません。いずれにしても、僕たちピアニストにとっては聴いてくれるみなさんのサポートが本当に大切です。浜松のみなさんはすばらしくて、僕は本当に喜ばしい時間を過ごすことができました。


─ピアニストになろうと決心したときはあるのですか?

よく覚えていませんが......。ピアノを3、4歳で弾きはじめ、その頃には両親の友達の演奏家がたくさん家に遊びに来ていましたから、記憶に残るこうした方たちとの思い出が、僕に演奏家の道を選ばせたように思います。
ピアニスト以外は、考えたことはありませんね。とても大変だけれど、同時にとてもおもしろい人生です。ビジネスでも政治でもなく、お金儲けができる仕事でもありませんが、"文化を見出して人に届ける"という、喜びに満ちた仕事です。


─好きなピアニストは?

まずはギレリス、そしてリヒテル。あとは、マルタ・アルゲリッチ。このコンクールでお会いできたから言っているのではなく(笑)、彼女は、今世界で一番のピアニストだと前から思っていました。ソコロフやアシュケナージもすばらしいです。
好きな音楽家という意味では、ヴァイオリニストや指揮者にも尊敬する人がたくさんいます。僕は指揮も勉強もしているので、とても興味があります。協奏曲でソリストとしてオーケストラと何度も演奏している中で、どんどん興味がわいていきました。特に交響曲を手掛ける指揮者にあこがれます。


─それでは、まずはピアニストとしての夢はどんなことですか?

世界で演奏活動をするピアニストになり、さまざまな国の、さまざまな聴衆に音楽で語りかけることが夢です。一つ一つが、とてもすばらしい経験になると思います。

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文・高坂はる香
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2015.12.28
ロマーン・ロパティンスキーさん(第2位)インタビュー

1993年、ウクライナのキエフでピアニストのご両親のもと生まれ、幼少期から音楽に囲まれて育ったロパティンスキーさん。すでに祖国では若手ピアニストとして活躍中。子供のころから演奏前に緊張したことは一度もないそうで、そのステージでの振る舞いは堂々としています。交響曲が大好きで指揮者の道も目指したいという、将来の活躍が期待できる若者です。
英語は苦手......といいながら、音楽について、大きな夢を語ってくださいました。


─第2位おめでとうございます。

ありがとうございます。このようなハイレベルですばらしいコンクールで2位をいただき、とても幸せです。僕の両親、先生たち、そしてウクライナという国にとっても、重要な受賞となったと思います。


─審査員の先生方ともお話しできましたか?

はい、少し話すことができました。このコンクールは、第一級のピアニスト達が審査員にいらしたことで、高いレベルとなったと思います。好意的なコメントをいただくことができて光栄でした。

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─コンクールで日本に滞在した3週間で一番印象に残っていることは?

浜松は大きな街でないにもかかわらず、構造がとてもおもしろく、たくさんの緑や公園があって、空気がきれいだと思いました。海も近くにあってすばらしいです。キエフは工場が多くて空気が汚いですから、僕にとって、浜松で過ごす時間はすばらしいものでした。練習して、休憩して、食事して、散歩もして......すべてが豊かな経験でした。


─ピアノを始めたのは、ピアニストのご両親の影響ですか。

はい。5歳でミコラ・ルイセンコ音楽学校に入り、イリーナ・バイリノワ先生のもとで学び始めました。そのあとキエフ音楽学校でセルゲイ・リャーボフ先生に、また、イモラ音楽院でボリス・ペトルシャンスキー先生に師事しました。今もキエフに住んでいて、ときどきイモラへレッスンを受けに行っています。
両親は僕の音楽教育については、諸々を調整する立場で助けてくれました。彼らは、音楽家に必要な生活のスタイルや、我々が抱えがちな問題を知っていますからね。両親や先生方が僕の音楽に与えた影響は多大です。
周囲の環境のおかげもあってか、子供の頃からステージで緊張したことは一度もありません。小さな頃から短いコンサートをたくさん経験してきたことが、良い練習になったのだと思います。


─ピアノや音楽の他に好きなことはありましたか? 

チェスが好きです。父はチェスがとても強くて、僕にも教えてくれました。
あと、子供の頃の最初の趣味はサッカーでしたね。学生時代はよくプレイしていましたが、今はもっぱら観戦が趣味で、ゲームの分析もしていますよ。好きなクラブチームはディナモ・キエフとアーセナルです! スタジアムにも観に行きます。


─......(サッカー狂だった)ショスタコーヴィチみたいですね。

そうでしょう! ちなみに、彼は大好きな作曲家の一人です。今僕が大好きな3人の作曲家は、ラフマニノフ、ブラームス、ショスタコーヴィチなんです。ショスタコーヴィチの音楽は、簡単ではありません。ちょっと異質なところがあって、演奏するのも聴くのも大変だと思います......特別な聴き方が求められるといいましょうか。彼は2度の戦争も経験し、難しい時代を生きた人です。


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─音楽家にとって大切なことは何だと思いますか?

まず、知性を持っていることだと思います。音楽家としての資質に加えて、絵画や文学など多くのことを知っている必要があります。加えて、練習をたくさんして自分だけの音楽を見つけなくてはいけません。いずれにしても、僕たちピアニストにとっては聴いてくれるみなさんのサポートが本当に大切です。浜松のみなさんはすばらしくて、僕は本当に喜ばしい時間を過ごすことができました。


─ピアニストになろうと決心したときはあるのですか?

よく覚えていませんが......。ピアノを3、4歳で弾きはじめ、その頃には両親の友達の演奏家がたくさん家に遊びに来ていましたから、記憶に残るこうした方たちとの思い出が、僕に演奏家の道を選ばせたように思います。
ピアニスト以外は、考えたことはありませんね。とても大変だけれど、同時にとてもおもしろい人生です。ビジネスでも政治でもなく、お金儲けができる仕事でもありませんが、"文化を見出して人に届ける"という、喜びに満ちた仕事です。


─好きなピアニストは?

まずはギレリス、そしてリヒテル。あとは、マルタ・アルゲリッチ。このコンクールでお会いできたから言っているのではなく(笑)、彼女は、今世界で一番のピアニストだと前から思っていました。ソコロフやアシュケナージもすばらしいです。
好きな音楽家という意味では、ヴァイオリニストや指揮者にも尊敬する人がたくさんいます。僕は指揮も勉強もしているので、とても興味があります。協奏曲でソリストとしてオーケストラと何度も演奏している中で、どんどん興味がわいていきました。特に交響曲を手掛ける指揮者にあこがれます。


─それでは、まずはピアニストとしての夢はどんなことですか?

世界で演奏活動をするピアニストになり、さまざまな国の、さまざまな聴衆に音楽で語りかけることが夢です。一つ一つが、とてもすばらしい経験になると思います。

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文・高坂はる香

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