アレクセイ・メリニコフさん(第3位)インタビュー

2015.12.24|出場者・審査委員インタビュー

1990年、モスクワ生まれのアレクセイ・メリニコフさん。グネーシン音楽学校、モスクワ音楽院で学び、現在もモスクワに暮らしています。2014年サン・マリノ国際ピアノコンクールに優勝していて、すでに演奏経験も豊富。特別な音を持つピアニストで、1次予選からその音とキャラクターに合ったレパートリーを選び、毎ステージ自分の音楽世界を創出していました。
クールと見せかけて実はそうでもないような感じがする......そんなメリニコフさんにお話を伺いました。


─3位入賞おめでとうございます。結果については、ハッピーですか?

もちろんです。コンクールの評価も、音楽の好みも、主観的なものに基づいていますから。少なくとも、4回演奏することができて嬉しいです。コンクールで落とされて一番悲しいのは、用意してあった作品を全部演奏できないことです。今回はファイナルのコンチェルトまで全て弾くことができたので、ハッピーです。
順位というものは、僕にとってはあまり意味を持ちません。"芸術にとって"と言ったほうがいいかな。


─ところで、ピアノはどのようなきっかけで始めたのですか?

家にとても古いソビエト時代のピアノがありました。"Red October"というピアノで......


─えっ? 

共産主義革命の、あの"レッド・オクトーバー"です。昔、そういう名前のピアノがあったんです(笑)。悪いピアノじゃなかったですよ。4歳のとき、そのピアノを弾き始めました。それからグネーシン音楽学校に入って、そこからは他の選択肢はなかったですねぇ。


─それじゃあ、気が付いたらピアニストになっていた?

もちろん、ピアニストになりたいという想いはありました。でも、同時に辞めたいと思うときもありましたね。ピアニストとして生活をするのは大変なことです。特に大人の男として生活するうえでは、精神的な世界だけを追い求めているわけにはいかなくなりますから。でも今は、こうしてピアニストの道を選んでとても幸せだと思っています。


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─ご両親は音楽関係でないのですか?

はい、両親は音楽家ではありません。子供の頃も、僕に無理に練習をさせようとすることは一度もありませんでした。僕の練習時間は、1時間半から、長くて2時間で、それ以上練習したことはありませんでした。でも14歳のとき、自分でやりたいと思ってたくさん練習しはじめたんです。


─音楽以外で好きなことは?

まずはスポーツ。サッカーは観るのも好きですが、機会があれば自分でもときどきやります。でも、だいたい何かしら怪我をするので......ロシアのストリート・サッカーはすごくアグレッシブですから。手の怪我はありませんが、これまで何度も足の怪我をしています。
あとは、映画が好きです。映画監督で言えば、タルコフスキー、キューブリック、ベルイマン、あとは日本の宮崎のアニメーションも好きです。例えば、英語でなんて言うのかわからないけど、あの大きな生き物が出てくる......


─......まさか、トトロのこと言ってます?

そうそう、トトロ! あのアニメはとても好きです。映画はとにかく何千本も観ています。すごく良いものからすごく悪いものまで、とにかくいろいろ。


─ご自身の音楽にインスピレーションを与えるのはどんなことですか?

詩と映画ですね。映画からインスピレーションを受けることはよくあります。
映画は音楽に最も近い芸術だと思います。音楽は、その時にしか存在しない芸術です。いわば時間芸術ですね。例えば、写真はそこに静止して存在していて、動きません。一方、音楽は時間なしには存在しませんし、映画についても同じことが言えます。


─それでは、ここまでのあなたの音楽に影響を与えたのは?

いろいろな音楽家です。ラフマニノフやソフロニツキなど......。
受けてきた教育という意味で言えば、まずはドレンスキー教授。そして、ルガンスキー先生は、今回もこのコンクールの準備を手伝ってくれました。彼はとても知的な演奏家で、すばらしい才能の持ち主です。


─そういった先生たちのもとで勉強してきているということで、やはり"ロシアの伝統"を受け継いでいるという自覚はありますか?

うーん......難しいですね。そもそも、ロシアの伝統とは何かを説明すること自体が難しいです。音楽というのは、国で分けられるものではないと思います。
ロシアの作曲家達はいろいろな民族音楽の要素を用いていて、作曲技法の意味ではロシアン・スタイルを用いていると思います。でも、演奏家のキャラクターは、もう少し個人的なものによるのではないかと。実際、ロシアの教授たちは演奏も教え方もみんな違います。
ただ、ロシアン・スクールにおいては、演奏にあたって作品の形を組み立てることを大切にするというのはあると思います。ラフマニノフはこれについて、作品にはいわば建築でいう "ゴールデンポイント"のようなものがあるので、それを見つけないといけないと言っています。


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─ところで、1番手で演奏したファイナルのとき、審査員紹介のアナウンスでアルゲリッチの名前を耳にしたとたん、彼女が聴いていると思ったらすごく緊張してしまったと言っていましたね。その後アルゲリッチさんとはお話しできましたか?

はい、写真も撮ってもらいました! お願いするのはとてもこわかったけど......。


─モスクワ音楽院で勉強していらっしゃるのだから、普段から周りにたくさんの有名な演奏家がいるでしょう。それでもこわいものですか?

それはそうですよー。彼女は単なるすばらしいピアニストではなく、崇拝すべき存在ですからね。ラフマニノフやソフロニツキと並ぶ、20世紀最高のピアニストの一人だと思います。
子供の頃から、彼女の演奏を何千回も聴いています。例えば今回ファイナルの演目にあったラフマニノフの3番やプロコフィエフの3番。どちらも至上最高の演奏はアルゲリッチによるものだと思います。


─それ、ちゃんとご本人に伝えられました?

もちろん、無理です! 何も言えませんでした。


─ステージでも平然としているように見えますが、そんなふうになるときもあるんですね。

実際にはステージでもすごく緊張しています。どんな顔をしたらいいのかわからないレベルです。今回のファイナルの時は、そんなわけで今までの人生で最高に緊張してしまいました。


─それでは、一番楽しかったステージは?

毎ステージなにかしらのことが起きていて、2次は頭が痛かったし、3次は風邪をひいていたし......(笑)。でも、一番楽しかったのは3次ですかね。もちろん完璧ではありませんが、プロコフィエフなどはうまく弾けたと思います。


─それでは、好きなピアニストは?

たくさんいますが、存命中のピアニストでは、ソコロフ、キーシン。あとはルガンスキー先生の、音楽に心から仕える人間性を尊敬しています。
過去のピアニストを挙げるときりがないですが、基本的に、自分とは逆のタイプの音楽性を持つ人が好きです。たとえば、ミケランジェリ。静的で客観的でしょう。あのような演奏は、僕には絶対できません。自分ができないことをできる人に魅了されるのは、ごく普通の感性ではないかと思います。


─音楽を演奏するにあたって、一番大事なことは何だと思いますか?

ステージで演奏するという意味なのか、それともそれ以外の意味なのか、それによって大きな違いがあると思います。シュナーベルは、バッハの平均律を弾く時は、聴衆は一人いれば充分でそれ以上は必要ないと言いましたけれど。
たくさんの聴衆のために演奏するときは、それに適した言語で話さないといけません。ステージに立つ理由は、聴く人とコミュニケーションを持つためですから。
一方、純粋に音楽にとって大切なこととなると、なんでしょうね......。音楽は言葉で伝えられないことを伝えるために存在するという意味では、大切なのは、作品の精神をしっかり掴むことかなと思います。

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文・高坂はる香
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2015.12.24
アレクセイ・メリニコフさん(第3位)インタビュー

1990年、モスクワ生まれのアレクセイ・メリニコフさん。グネーシン音楽学校、モスクワ音楽院で学び、現在もモスクワに暮らしています。2014年サン・マリノ国際ピアノコンクールに優勝していて、すでに演奏経験も豊富。特別な音を持つピアニストで、1次予選からその音とキャラクターに合ったレパートリーを選び、毎ステージ自分の音楽世界を創出していました。
クールと見せかけて実はそうでもないような感じがする......そんなメリニコフさんにお話を伺いました。


─3位入賞おめでとうございます。結果については、ハッピーですか?

もちろんです。コンクールの評価も、音楽の好みも、主観的なものに基づいていますから。少なくとも、4回演奏することができて嬉しいです。コンクールで落とされて一番悲しいのは、用意してあった作品を全部演奏できないことです。今回はファイナルのコンチェルトまで全て弾くことができたので、ハッピーです。
順位というものは、僕にとってはあまり意味を持ちません。"芸術にとって"と言ったほうがいいかな。


─ところで、ピアノはどのようなきっかけで始めたのですか?

家にとても古いソビエト時代のピアノがありました。"Red October"というピアノで......


─えっ? 

共産主義革命の、あの"レッド・オクトーバー"です。昔、そういう名前のピアノがあったんです(笑)。悪いピアノじゃなかったですよ。4歳のとき、そのピアノを弾き始めました。それからグネーシン音楽学校に入って、そこからは他の選択肢はなかったですねぇ。


─それじゃあ、気が付いたらピアニストになっていた?

もちろん、ピアニストになりたいという想いはありました。でも、同時に辞めたいと思うときもありましたね。ピアニストとして生活をするのは大変なことです。特に大人の男として生活するうえでは、精神的な世界だけを追い求めているわけにはいかなくなりますから。でも今は、こうしてピアニストの道を選んでとても幸せだと思っています。


20151224002045.JPG


─ご両親は音楽関係でないのですか?

はい、両親は音楽家ではありません。子供の頃も、僕に無理に練習をさせようとすることは一度もありませんでした。僕の練習時間は、1時間半から、長くて2時間で、それ以上練習したことはありませんでした。でも14歳のとき、自分でやりたいと思ってたくさん練習しはじめたんです。


─音楽以外で好きなことは?

まずはスポーツ。サッカーは観るのも好きですが、機会があれば自分でもときどきやります。でも、だいたい何かしら怪我をするので......ロシアのストリート・サッカーはすごくアグレッシブですから。手の怪我はありませんが、これまで何度も足の怪我をしています。
あとは、映画が好きです。映画監督で言えば、タルコフスキー、キューブリック、ベルイマン、あとは日本の宮崎のアニメーションも好きです。例えば、英語でなんて言うのかわからないけど、あの大きな生き物が出てくる......


─......まさか、トトロのこと言ってます?

そうそう、トトロ! あのアニメはとても好きです。映画はとにかく何千本も観ています。すごく良いものからすごく悪いものまで、とにかくいろいろ。


─ご自身の音楽にインスピレーションを与えるのはどんなことですか?

詩と映画ですね。映画からインスピレーションを受けることはよくあります。
映画は音楽に最も近い芸術だと思います。音楽は、その時にしか存在しない芸術です。いわば時間芸術ですね。例えば、写真はそこに静止して存在していて、動きません。一方、音楽は時間なしには存在しませんし、映画についても同じことが言えます。


─それでは、ここまでのあなたの音楽に影響を与えたのは?

いろいろな音楽家です。ラフマニノフやソフロニツキなど......。
受けてきた教育という意味で言えば、まずはドレンスキー教授。そして、ルガンスキー先生は、今回もこのコンクールの準備を手伝ってくれました。彼はとても知的な演奏家で、すばらしい才能の持ち主です。


─そういった先生たちのもとで勉強してきているということで、やはり"ロシアの伝統"を受け継いでいるという自覚はありますか?

うーん......難しいですね。そもそも、ロシアの伝統とは何かを説明すること自体が難しいです。音楽というのは、国で分けられるものではないと思います。
ロシアの作曲家達はいろいろな民族音楽の要素を用いていて、作曲技法の意味ではロシアン・スタイルを用いていると思います。でも、演奏家のキャラクターは、もう少し個人的なものによるのではないかと。実際、ロシアの教授たちは演奏も教え方もみんな違います。
ただ、ロシアン・スクールにおいては、演奏にあたって作品の形を組み立てることを大切にするというのはあると思います。ラフマニノフはこれについて、作品にはいわば建築でいう "ゴールデンポイント"のようなものがあるので、それを見つけないといけないと言っています。


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─ところで、1番手で演奏したファイナルのとき、審査員紹介のアナウンスでアルゲリッチの名前を耳にしたとたん、彼女が聴いていると思ったらすごく緊張してしまったと言っていましたね。その後アルゲリッチさんとはお話しできましたか?

はい、写真も撮ってもらいました! お願いするのはとてもこわかったけど......。


─モスクワ音楽院で勉強していらっしゃるのだから、普段から周りにたくさんの有名な演奏家がいるでしょう。それでもこわいものですか?

それはそうですよー。彼女は単なるすばらしいピアニストではなく、崇拝すべき存在ですからね。ラフマニノフやソフロニツキと並ぶ、20世紀最高のピアニストの一人だと思います。
子供の頃から、彼女の演奏を何千回も聴いています。例えば今回ファイナルの演目にあったラフマニノフの3番やプロコフィエフの3番。どちらも至上最高の演奏はアルゲリッチによるものだと思います。


─それ、ちゃんとご本人に伝えられました?

もちろん、無理です! 何も言えませんでした。


─ステージでも平然としているように見えますが、そんなふうになるときもあるんですね。

実際にはステージでもすごく緊張しています。どんな顔をしたらいいのかわからないレベルです。今回のファイナルの時は、そんなわけで今までの人生で最高に緊張してしまいました。


─それでは、一番楽しかったステージは?

毎ステージなにかしらのことが起きていて、2次は頭が痛かったし、3次は風邪をひいていたし......(笑)。でも、一番楽しかったのは3次ですかね。もちろん完璧ではありませんが、プロコフィエフなどはうまく弾けたと思います。


─それでは、好きなピアニストは?

たくさんいますが、存命中のピアニストでは、ソコロフ、キーシン。あとはルガンスキー先生の、音楽に心から仕える人間性を尊敬しています。
過去のピアニストを挙げるときりがないですが、基本的に、自分とは逆のタイプの音楽性を持つ人が好きです。たとえば、ミケランジェリ。静的で客観的でしょう。あのような演奏は、僕には絶対できません。自分ができないことをできる人に魅了されるのは、ごく普通の感性ではないかと思います。


─音楽を演奏するにあたって、一番大事なことは何だと思いますか?

ステージで演奏するという意味なのか、それともそれ以外の意味なのか、それによって大きな違いがあると思います。シュナーベルは、バッハの平均律を弾く時は、聴衆は一人いれば充分でそれ以上は必要ないと言いましたけれど。
たくさんの聴衆のために演奏するときは、それに適した言語で話さないといけません。ステージに立つ理由は、聴く人とコミュニケーションを持つためですから。
一方、純粋に音楽にとって大切なこととなると、なんでしょうね......。音楽は言葉で伝えられないことを伝えるために存在するという意味では、大切なのは、作品の精神をしっかり掴むことかなと思います。

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文・高坂はる香

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