ダニエル・シューさん(第3位)インタビュー

2015.12.22|出場者・審査委員インタビュー

1997年、アメリカ、カリフォルニア生まれのシューさんは、現在カーティス音楽院で学ぶ18歳。最年少の参加者として3位に入賞しました。同カーティス音楽院で学び、先のショパン国際ピアノコンクールに入賞したケイト・リウさんとエリック・ルさんとは子供のときからの友達だそう。
明るくいつも元気いっぱいで、しかし時折、18歳にしては深い発言や不思議な冗談を繰り出す彼。海老審査委員長も、ベートーヴェンのソナタで見せた18歳とは思えない成熟ぶりについて言及していました。

そんなシューさんに、音楽についてのお考えなどを伺いました。


─3位入賞おめでとうございます。結果についてどう感じていますか?

良かったと思います。まず、このコンクールの1次のステージで演奏するという経験自体が、信じられないすばらしいことでした。実は、アメリカの外で演奏するのはこれが初めてだったんです。つまり、違う国でピアノに触るということが初めてだったので、そう考えるとすごく変な感じだったというか......。


─初めての海外での演奏という感じもなく、ずいぶん堂々とされていましたね。緊張することはないのですか?

緊張は、あまりしません。ピアノを触るまでは少し緊張していますが、一度ピアノの前に座ってしまえばもう大丈夫ですね。


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─ところで、ピアノを始めたきっかけは?

両親はまったく音楽関係ではありませんが、6歳上の姉と、3歳上の兄が二人ともピアノを習っていて、彼らの影響で僕も6歳の頃ピアノを始めました。二人ともピアニストをしています。僕が10歳のとき、僕と兄はカーティス音楽院に、姉はジュリアード音楽院に入りました。途中から姉もカーティスに移ったので、何年間かは3人ともカーティスにいました。二人は卒業しましたが、僕はもうしばらくここで勉強します。

子供のころの僕や僕の音楽に最も大きな影響を与えたのは、そんな姉と兄だったと思います。二人とは、とても近い関係で育ちました。いつも一緒にいましたし、ピアノも宿題も一緒にやっていました。二人は僕の人生のメンターであり、先生だったと言えると思います。


─お姉さん、お兄さんと音楽的な意見交換もするのですか?

もちろんです。今回のコンクール中も彼らはすごく助けてくれました。時差があるにもかかわらず夜中まで起きていて、僕の演奏をライブで聴いてくれていました。たとえばコンチェルトは向こうの時間の午前5時だったというのに、ずっと起きて聴いてくれていたんです。

あと、姉は僕のメッセージの動画を見てすごく笑っていましたけど......。


─メッセージを撮るのは苦手だと言っていましたもんね。ところで、ピアノ以外で好きなことや得意なことはありますか?

コンピューターが好きです。遊びで、携帯電話用のプログラムを書いたりとか。昔はそちらの道もいいなと思ったことがありますが、もう今は専門で勉強するつもりはありません。2年くらい前に、やっぱりピアノが良いと決めたんです。


─それでは、ピアニストになると決心したのがその頃ということですか?

カーティス音楽院に入るということが、自然とピアニストの道を選ぶと決断するようなところはあったと思います。でも、そういう決心が必要なことだとはすぐにわからなくて、16歳の頃にやっと気が付きました。

具体的なきっかけや理由はないのですが......16歳になったとき、ブラームスのソナタを弾いいてて、これを真剣にやらなくてはと急に思ったんです。単に学校に入ってピアノを弾いているというのではなく、自分でやらなくてはと。人のために演奏し、人を元気にすることができるのかもしれないと、急に実感したんです。......なんだかちょっとばかげた答えかな。


─そんなことありませんよ。それでは、こんなピアニストになりたいというような目標や夢はありますか。

今回コンクールに参加して改めて思ったのは、ピアニストはみんなこの場所で、それぞれの敬意とともに自分の音楽を演奏しているということ。何を感じ、何を示したいかはそれぞれに違う。そんな中で審査が行われるというのは、どういうことなのだろうと考えてしまいました。

僕が強く願っているのは、すごく他愛のない答えと思われるかもしれませんが、演奏をして、人と音楽を分かち合いたいということなんです。僕は宗教心が強いほうなので、演奏をすることで、神の愛情を人と分かち合うことができたらいいなと考えています。学校や図書館など、小さな場所で少ない人たちに演奏するのでもかまわないので、ただ演奏がしたいと思っています。


20151222002017.JPG


─それでは、音楽にとって一番大切だと感じていることは?

心から演奏するということだと思います。それは、楽譜に書かれている記号を無視して良いという意味でも、頭脳の働きを無視して良いという意味でもありません。考えて演奏することはもちろん大切なのですが、メッセージも魂もなく演奏するのは、才能の無駄遣いだと思います。......また変な回答しちゃった(笑)。


─そんなことないですって! うすうす気づいてはいましたが、普通の明るい青年と見せかけて、実は違いますね。

そうかもね(笑)。


─ピアニストは、誰が好きですか?

あなたはショパンコンクールでエリック・ルに会ったんですよね? 彼にも好きなピアニストを聞いた?


─そうですね、したと思います。

そうしたら、これは多分エリックの影響と言っていいと思うんですが、グリゴリー・ソコロフです。すばらしいと思う演奏家はたくさんいますが、最近はソコロフ。それから、マツーエフも好きです。


─そういえばファイナルの前に、マツーエフが弾くラフマニノフの3番を聴いていたと言っていましたね。それにしてもだいぶ違うタイプのふたりのピアニストですが。

そうですね、マツーエフさんのほうは、大きな方で、音のボリュームもすごいです。彼は、僕にとっては恐れを抱くピアニストというか。いつか僕は踏まれてしまうのではないかと。


─......わかりにくかったですけど、今のは冗談ですよね?

冗談です!


─ところで、1次のあとのインタビューで、日本は台湾と似ているところもあるし、とても良い印象を持ったと言っていましたが、2週間が経ったあともその印象は変わっていませんか?

はい、相変わらず今日までずっと食事もすばらしいし、良いことばかりです。やっぱり、アメリカから遠くて飛行機での移動が辛いということだけが問題ですね。でも、また日本で演奏できる日がくるといいな。

20151222001017.JPG
文・高坂はる香
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2015.12.22
ダニエル・シューさん(第3位)インタビュー

1997年、アメリカ、カリフォルニア生まれのシューさんは、現在カーティス音楽院で学ぶ18歳。最年少の参加者として3位に入賞しました。同カーティス音楽院で学び、先のショパン国際ピアノコンクールに入賞したケイト・リウさんとエリック・ルさんとは子供のときからの友達だそう。
明るくいつも元気いっぱいで、しかし時折、18歳にしては深い発言や不思議な冗談を繰り出す彼。海老審査委員長も、ベートーヴェンのソナタで見せた18歳とは思えない成熟ぶりについて言及していました。

そんなシューさんに、音楽についてのお考えなどを伺いました。


─3位入賞おめでとうございます。結果についてどう感じていますか?

良かったと思います。まず、このコンクールの1次のステージで演奏するという経験自体が、信じられないすばらしいことでした。実は、アメリカの外で演奏するのはこれが初めてだったんです。つまり、違う国でピアノに触るということが初めてだったので、そう考えるとすごく変な感じだったというか......。


─初めての海外での演奏という感じもなく、ずいぶん堂々とされていましたね。緊張することはないのですか?

緊張は、あまりしません。ピアノを触るまでは少し緊張していますが、一度ピアノの前に座ってしまえばもう大丈夫ですね。


20151222003017.JPG


─ところで、ピアノを始めたきっかけは?

両親はまったく音楽関係ではありませんが、6歳上の姉と、3歳上の兄が二人ともピアノを習っていて、彼らの影響で僕も6歳の頃ピアノを始めました。二人ともピアニストをしています。僕が10歳のとき、僕と兄はカーティス音楽院に、姉はジュリアード音楽院に入りました。途中から姉もカーティスに移ったので、何年間かは3人ともカーティスにいました。二人は卒業しましたが、僕はもうしばらくここで勉強します。

子供のころの僕や僕の音楽に最も大きな影響を与えたのは、そんな姉と兄だったと思います。二人とは、とても近い関係で育ちました。いつも一緒にいましたし、ピアノも宿題も一緒にやっていました。二人は僕の人生のメンターであり、先生だったと言えると思います。


─お姉さん、お兄さんと音楽的な意見交換もするのですか?

もちろんです。今回のコンクール中も彼らはすごく助けてくれました。時差があるにもかかわらず夜中まで起きていて、僕の演奏をライブで聴いてくれていました。たとえばコンチェルトは向こうの時間の午前5時だったというのに、ずっと起きて聴いてくれていたんです。

あと、姉は僕のメッセージの動画を見てすごく笑っていましたけど......。


─メッセージを撮るのは苦手だと言っていましたもんね。ところで、ピアノ以外で好きなことや得意なことはありますか?

コンピューターが好きです。遊びで、携帯電話用のプログラムを書いたりとか。昔はそちらの道もいいなと思ったことがありますが、もう今は専門で勉強するつもりはありません。2年くらい前に、やっぱりピアノが良いと決めたんです。


─それでは、ピアニストになると決心したのがその頃ということですか?

カーティス音楽院に入るということが、自然とピアニストの道を選ぶと決断するようなところはあったと思います。でも、そういう決心が必要なことだとはすぐにわからなくて、16歳の頃にやっと気が付きました。

具体的なきっかけや理由はないのですが......16歳になったとき、ブラームスのソナタを弾いいてて、これを真剣にやらなくてはと急に思ったんです。単に学校に入ってピアノを弾いているというのではなく、自分でやらなくてはと。人のために演奏し、人を元気にすることができるのかもしれないと、急に実感したんです。......なんだかちょっとばかげた答えかな。


─そんなことありませんよ。それでは、こんなピアニストになりたいというような目標や夢はありますか。

今回コンクールに参加して改めて思ったのは、ピアニストはみんなこの場所で、それぞれの敬意とともに自分の音楽を演奏しているということ。何を感じ、何を示したいかはそれぞれに違う。そんな中で審査が行われるというのは、どういうことなのだろうと考えてしまいました。

僕が強く願っているのは、すごく他愛のない答えと思われるかもしれませんが、演奏をして、人と音楽を分かち合いたいということなんです。僕は宗教心が強いほうなので、演奏をすることで、神の愛情を人と分かち合うことができたらいいなと考えています。学校や図書館など、小さな場所で少ない人たちに演奏するのでもかまわないので、ただ演奏がしたいと思っています。


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─それでは、音楽にとって一番大切だと感じていることは?

心から演奏するということだと思います。それは、楽譜に書かれている記号を無視して良いという意味でも、頭脳の働きを無視して良いという意味でもありません。考えて演奏することはもちろん大切なのですが、メッセージも魂もなく演奏するのは、才能の無駄遣いだと思います。......また変な回答しちゃった(笑)。


─そんなことないですって! うすうす気づいてはいましたが、普通の明るい青年と見せかけて、実は違いますね。

そうかもね(笑)。


─ピアニストは、誰が好きですか?

あなたはショパンコンクールでエリック・ルに会ったんですよね? 彼にも好きなピアニストを聞いた?


─そうですね、したと思います。

そうしたら、これは多分エリックの影響と言っていいと思うんですが、グリゴリー・ソコロフです。すばらしいと思う演奏家はたくさんいますが、最近はソコロフ。それから、マツーエフも好きです。


─そういえばファイナルの前に、マツーエフが弾くラフマニノフの3番を聴いていたと言っていましたね。それにしてもだいぶ違うタイプのふたりのピアニストですが。

そうですね、マツーエフさんのほうは、大きな方で、音のボリュームもすごいです。彼は、僕にとっては恐れを抱くピアニストというか。いつか僕は踏まれてしまうのではないかと。


─......わかりにくかったですけど、今のは冗談ですよね?

冗談です!


─ところで、1次のあとのインタビューで、日本は台湾と似ているところもあるし、とても良い印象を持ったと言っていましたが、2週間が経ったあともその印象は変わっていませんか?

はい、相変わらず今日までずっと食事もすばらしいし、良いことばかりです。やっぱり、アメリカから遠くて飛行機での移動が辛いということだけが問題ですね。でも、また日本で演奏できる日がくるといいな。

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文・高坂はる香

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