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2018.09.15 News&Topics

【インタビュー】北村朋幹さん(第6回コンクール第3位)

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 第6回浜松国際ピアノコンクール3位に入賞された北村朋幹さんが、演奏会の練習のためにアクトシティ浜松を訪れました。


 12年前の入賞当時はまだ中学3年生、15才だった北村さん。
 歳月を経て、現在は留学先のドイツを拠点に国内外で演奏活動をされています。最近では2015年リーズ国際ピアノコンクールで第5位、2017年ボン・テレコム・ベートーヴェン国際ピアノコンクールでは第2位に入賞されています。

 北村さんに、コンクール出場当時の思い出などについて語っていただきました。



コンクール出場で戻ることができた大好きなまち「浜松」

 (第6回コンクールのプログラム、報告書を見て)懐かしい!! すごく覚えています。当時15歳の僕にとっては何のリスクもなく、何の心配もなく受けられたコンクールでした。ラッキーでしたし本当に感謝しています。実は幼稚園と小学校で合わせて約5年間、浜松に住んでいたことがありまして。小学校の途中で名古屋に引っ越してからしばらくのあいだ「浜松ロス」になるくらい浜松が好きだったので、コンクールのために浜松に戻れたことは何よりうれしかったですね。

 今日も、久しぶりにここ(アクトシティ浜松)に来て、楽器博物館に入った瞬間の匂いとか、(今いる)この練習室の廊下の匂いがしたら、当時の記憶が戻ってきます。最初に浜松に戻るチャンスは13歳の時に受けた「浜松国際ピアノアカデミー」でしたが、正直に言うと勉強より、大好きな浜松やアクトシティに戻れることが一番の目的でした(笑)。当時は賞を取ったらどうなるかなんて考えませんでしたし、ピアニストがどういう職業かもよく分かっていませんでしたから。


何でもない風景に感動

 両親は音楽を聴くのは好きでしたけど、クラシック音楽やピアノとは全く関係なかったですね。今、思い返せば浜コンは自分のコンクール人生で一番良い環境でピアノが演奏できたのかなと思います。当時、僕にとって浜松は懐かしくて大好きな街だったので、歩くだけで感動するわけです、大げさではなく本当に!! コンクール中も、例えばあの角にコンビニがあるとか、そういう何でもないことが自分を助けてくれましたね。海外のコンクールだと、言葉もままならない場所で食事ができる場所もぜんぶ自分で探さなきゃいけないですから。戦略もなく好きな曲を弾けた、一番幸せなコンクールでした。

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点滴を受けながらの1次予選

 当時、アクトシティの地下レストラン街にあった定食屋のおじさんがすごく親切にしてくれたのを覚えています。コンクール直前、熱を出して最初のくじ引き(出場順抽選会)に参加できなかったんです。

 1次予選も点滴を受けながら参加していました。普通はコンクールってだんだん痩せていくのに、僕はだんだん健康になっていくという(笑)。食事を食べられるようになってからは、そのお店でよく食事をしていましたね。当時は一人でホテルに泊まって参加していました。



今、当時の出場者とは・・・

 当時、英語も話せなかったですし、若すぎたせいか、交流はほとんどありませんでした。当時、もっと交流があれば今も関係が続いていたかもしれませんけど。何しろ体調が悪かったので、練習と本番以外はホテルでずっと寝ていましたから。それに、当時は中学3年で高校受験の直前。コンクール直後に定期講座を受けなければいけなかったので、表彰式の翌朝にホテルから直接中学校に向かった記憶があります。



最年少で入賞したこと

 「最年少」と言われることは嫌でしたね。変な目で見られることもあったし・・・僕の場合は結果じゃなく純粋に演奏したかっただけ。少しでも長く次の予選で弾きたいというのが原動力でしたし、それがラッキーなことにファイナルまで進みましたが、こんなに若い歳でうまくいって「何か裏があるんじゃないか」と周りから言われることもありました。反対に賞を意識したのは20歳を過ぎてから。「あれはすごく大きな賞だったんだ」と賞に対する責任感を感じるようになりました。

 今思うと、例えばクズネツォフなど僕よりずっと年上で衝撃的な演奏をする出場者もいましたから。そんな二人を比べるのは難しいし、他にも出場者がたくさんいたので、15歳の何もわかっていない子供に3位を与えるというのはコンクール側にとってもリスクだと思います。僕はこれからの人生を「そのジャッジが間違っていなかった」と思わせる演奏をしなくちゃいけない、とようやく思えるようになった気がします。ですから、自分の中ではこのコンクールがまだ続いていると思っています。


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年々変わるコンクール挑戦への思い

 僕が特別だったと思うのは、15歳の時の「浜コン」とその前年の「東京音楽コンクール」で賞をいただいて、精神的な準備がないままキャリアを始められたこと。次の日からどんどん仕事が来て、今なら飛び上がって喜びますが、当時は訳が分かりませんでした。でも、色々なところで弾きたいし、今まで弾けなかった曲がたくさん弾けて嬉しかった。10代の頃はコンサートのたびに「これが終わったらもう弾く機会が無くなるから、弾きたい曲を弾こう」という思いでした。
 
 20才で留学したとき、海外でもそんな風に続けばいいなと思っていましたが、そんなに甘くはなくて、僕はただの東洋人でしかなかった。それに、僕がついた先生はコンクールに全く興味がなくて薦められることもなかった。だからこそ、のんびり過ごせていましたが、その間に同僚がみるみるうちに活躍していくのを見て、ジェラシーを感じたりもしました。自分も活動の場を広げたいなと思ったので、しばらくの間いろんなコンクールを受けた時期がありましたが、どれも入賞しなかったですね。

 数年受けるのをやめて、2015年にリーズ国際を受けたとき、考え方を変えました。何でリーズのコンクールを受けたかというと、演奏曲は合計160分間、全部ソロの自由曲。僕はこれが「お前はどんな演奏家になりたいのかを見せろ」ということだと思いました。それって賞を取ることよりすごく重要なことじゃないですか。「音楽家として生きていく気があるのか?」というクエスチョンだと思ったので、リーズ国際に出場するため必死に準備しました。ある意味浜松に戻ったというか、今後の自分がずっと弾いていきたい曲を選びましたが、プログラムはすごく地味で、批判する審査員もいました。数か月間すごく集中して準備した後、リーズに向かう飛行機の中で「これで1次予選で落ちても全然ハッピーだな」と思えたんです。その感覚がとても嬉しくて、本当は全部の演奏会やコンクールでこんな気持ちで臨むべきだったと初めて思いました。

 実際、リーズ国際の後に受けた2017年ボン・テレコム・ベートーヴェン国際も同じような気持ちで受けたら幸い賞もいただけて。この後どうするか分かりませんが、コンクールと自分との関係、僕なりの正しい距離感がやっと分かってきた気がします。周りには年に5.6個もコンクールを受ける人もいますけど、自分はそれが嫌なので・・・気持ちとしてはこの頃(浜コン)に戻っている感じがしますね。ただ、一方で現実的に自分の生活を成り立たせるためのミッションもあるので、数か月もコンクールの準備をすることが、満足はするけど自分の生活の糧にはならないかもしれないというリスクもあります。例えば映画監督になりたくて、映画を見ている人と同じですよね。実際に夢がかなうのは一握り。ただ、もしコンクールの賞をいただいて演奏会がもらえたときに、コンクールのために準備した曲がその後の演奏会で使えるということもありますが、コンクールの課題曲や審査員の顔ぶれも変わっていくものですし、なかなか難しいですね。


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                                          チェロ:横坂源

ドイツに住んで8年

 音楽性は変わったと思います。それはドイツが自分を変えたのか、留学したかった自分の夢がかなったからなのか分かりませんが。ドイツはすごくいい街だし、大変なこともたくさんありますが外国人であることがいいこともあると思っています。留学して、一人でいる時間がとても長いので、1週間人と話さないこともよくあります。実はリーズのコンクール前も最後の1か月間は誰とも会わなくて。精神的には不健康な状態だったんですけど、日本だったらそんなこと不可能ですよね・・・何かで逃げてしまう。一人になるということがすごく多いので、それが辛くもあり快感でもあり、という感じです。特にピアノは一人で弾くものですし、明らかに音楽に影響していますね。



今後の夢や目標

 音楽を続けられていたら、本当に幸せです。それが難しくなっている時代だと感じてもいるので、そういう意味でも夢ですね。現代のピアニストは人気がないと成り立たない商売になっていると感じています。それは2000人に分からないといけないというような風潮がある。でも、自分の好きな作曲家たちが生きて活動していた時代は、誰にも理解されなかったわけです。さっきの「一人になる」ということにも通じますが、人間は2000人とコミュニケーションは取れない。こちらから「音楽」っていう抽象性の高い芸術を、わざとみんなが分かるように持ってきて「これは赤です」とするのは僕の中では間違っている、絶対に許せないと思っています。自分の本当にやりたいことを続けられるなら、どんなに貧しい生活でも甘んじて受け入れます、という感じです。でももちろん、アクトシティで弾けたら嬉しいですし、夢としては「世界中で弾きたい」思いはあります。本当に好きなことだけを、という意味での「音楽を続ける」ことは商売としてはなかなか難しいですね(笑)。


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第10回コンクールに出場するコンテスタントへ

 留学仲間も何人か入っているので、コメントが難しいですね(笑)。とにかく、この浜コンは世界的に見ても事務局があたたかい。物理的なサポートも素晴らしく、コンテスタントを一人の人として接してもらえるのは音楽家としてはすごく嬉しいことです。エールなんて言えません。ただ、僕の大好きなホールなので、中ホールで演奏できることはものすごくうらやましいです!

 今でも覚えていますが、1次予選で最初の曲(バッハ)を弾き始めた瞬間、緊張している中でもコンクールであることをふっと忘れたんです。ホールの響き方が素晴らしいので、幸せな気持ちになりました。だからこそ、次の予選でも何としても弾きたい!と思えました。出場者の皆さんがうらやましいですね。


ー浜松のまちや、浜コンのことをこんなにも想っていてくださったとは、嬉しい驚きでした。これからも、ご活躍ください!

                                【2018年9月4日 アクトシティ浜松研修交流センターにて】



北村朋幹(ピアノ) Tomoki Kitamura, piano

3歳よりピアノを始め、浜松国際ピアノコンクール第3位、シドニー国際ピアノコンクール第5位ならびに3つの特別賞、リーズ国際ピアノコンクール第5位、ボン・テレコム・ベートーヴェン国際ピアノコンクール第2位など受賞。第3回東京音楽コンクールにおいて第1位ならびに審査員大賞(全部門共通)受賞、以来日本国内をはじめヨーロッパ各地で、オーケストラとの共演、ソロリサイタル、室内楽、古楽器による演奏活動を定期的に行っている。録音は「遙かなる恋人に寄す―シューマン「幻想曲」からの展望―」、「夜の肖像」、「黄昏に-ブラームス/リスト/ベルク作品集 」がそれぞれフォンテックから発売され、レコード芸術をはじめとする主要紙において好評を得ている。東京藝術大学に入学後、2011年よりベルリン芸術大学ピアノ科で学び最優秀の成績で卒業。

現在はフランクフルト音楽舞台芸術大学に在籍。伊藤恵、エヴァ・ポブウォッカ、ライナー・ベッカー、イェスパー・クリステンセン各氏に師事。
オフィシャルサイト http://tomoki-kitamura.com/

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