

セルジオ・ペルティカローリはローマで生まれ、音楽の学位を同市のサンタ・チェチーリア音楽院にて取得した。
1950年には高名であるジュネーヴ国際音楽コンクールの優勝者となり、その2年後にはブソーニ国際コンクールで1位を獲得した。これらの受賞により、
世界中でのコンサートツアーの輝かしい彼のキャリアが始まった。
このキャリアの初期ハイライトとして、ロシアの作曲家であるアラム・ハチャトゥリアンとの出会いが挙げられる。
ハチャトゥリアンは自作のピアノ協奏曲がペルティカローリによって演奏されているのを聴き、彼がこの作品の最高の演奏者だと断言し、
この作品をヨーロッパ各国の首都で演奏するよう招いている。もう一つの重要な招待は、サー・ジョン・バルビローリから受けている。
ローマで開催されたコンサートでペルティカローリと共演したバルビローリは、彼をハレ管弦楽団のソリストとして広く英国中をツアーする機会を与えた。
その後、ペルティカローリは殆どの主要なコンサート会場に登場している。ヨッフム、ジュリーニ、チェリビダッケ、アバド、サヴァリッシュ、マゼ−ル、
コンドラシン等の指揮者のもと、ベルリン・フィルハーモニー、サンタ・チェチーリア、モスクワ放送交響楽団等の管弦楽団と協演もあり、
また、カーネギー・ホール、スカラ座、ボストンのシンフォニーホール、コロン劇場、チューリッヒのトーンハレ、メルボルンのシンフォニーホール、
サンクト・ペテルブルクのグリンカ・ホール等の劇場に出演したほかソロ・リサイタルもある。その他の分野においては、ペルティカローリは熱心で人気の教師でもある。
1987年には、サンタ・チェチーリア・アカデミーの上級ピアノコースの教授に任命された。1977年に同アカデミーのメンバーに選出され、その後15年間ほど副校長を務めた。
ペルティカローリは20年間以上も、ザルツブルグのモーツァルト夏期講習会にてピアノのマスタークラスを担当している。また、頻繁に日本、フランス、
ドイツや米国等の外国を訪れ、演奏解釈を中心に講座を開いている。ブソーニ、ショパン、クリーヴランド、カーサグランデ、シューベルト、ホセ・イトゥルビ、
モンツァ等、数多くの著名なコンクールで会長及び審査員として招かれている。